半導体の1980年代

1980年代に入ると、それまでアメリカの背中を追いかけ続けてきた日本がついにメモリの大容量化でアメリカをしのぐようになります。
それまで培ってきたCMOS技術がメモリやマイコンといった分野に活用されるようになり、こちらでもアメリカに脅威を与えるようになったのです。
ここでは、1980年代の日本がどのような時代だったか、この年代の半導体事情はどうだったかということについてご紹介します。

ガンダムのプラモデルブーム

1980年代に入ると、男の子が生涯で一度は通る道と言われるガンプラ、すなわちガンダムのプラモデルブームがやってきます。
当時の男子にとってカリスマ的な存在だったガンダムアニメにはまった方は多いですし、ガンプラを精巧に造って自宅にたくさん飾る男子が増えました。

1983年になるとインターネットが誕生します。
今では誰もが当たり前のように使っているインターネットですが、この時代のインターネットはまだそこまで発達していませんし、できることも限られていました。
当然、インターネットサービスの数や質も現在ほどではなかったのです。

1986年にはつくば万博が開催されましたし、男女雇用機会均等法が施行されました。
翌年には世界的人気を誇っていたポップ界のカリスマ、マイケルジャクソンが来日したほかマドンナも日本の地に降り立ったのです。
マイケルとマドンナという二人の絶対的な音楽のカリスマが来日したことで、日本では洋楽ブームも加速しました。

1989年には昭和という一つの時代が終焉を迎え、平成という新しい時代が始まりました。
長きに渡った昭和の時代が終わり平成時代に突入したのですが、この年に初めて消費税が施行されたのも記憶に新しいのではないでしょうか。

1980年代の半導体

最初にもお伝えしましたが、この年代に入ると日本はそれまで必死になって追いかけていたアメリカの背中を捉えることに成功します。
国内の主要大手メーカーがDRAMの大容量化競争を開始し、それによってアメリカを逆に突き放すようになりました。

83年にはNECが16ビットマイコンとしてデファクトスタンダードだったインテルのi8686の上位互換性を持つ16ビットマイコンV30を開発することに成功します。
このマイコンが誕生したことでパソコンやファックス、プリンタといったオフィス機器や産業制御機器などの分野が著しく成長することになったのです。

翌年になると東芝からフラッシュメモリが登場します。
当時の主流だったインテル製のものより遥かに大容量かつ安価であったため、不揮発性メモリの本命として知名度を高めていったのです。
この年代にもいろいろな変化が起こりましたが、半導体分野でも大きな変化があったみたいですね。